失敗を繰り返すことで陥る無力感
仕事の目標や資格取得などの挑戦が失敗に終わる事は多々あると思います。
人は多くの失敗を繰り返すと・・・
無力感を感じたり自己肯定感を削がれて、時にうつ症状に苛まれることもあります。
かといって無理なポジティブシンキングをしても、その考えが心の底で腑に落ちなければ根本的な解決には至りません。
大切な事は、自身が納得できる形で、失敗したと思っている物事の中に隠された、成果や自身の優れた能力を見つけることではないでしょうか?
その為には、失敗と感じた物事を細かく多面的な視点で再考する必要があります。
視点によって変化する同じ物事への感じ方
一般的に挑戦とされてる行動を具体的にいうと・・・
現在の自分の立ち位置からある程度、高いと感じている成果を掴む為の試み
の様な事を指すのではないかと思います。
この現在の立ち位置から高い目標に到達できる可能性は一体どれくらいでしょうか?
客観的に見ると成功よりも失敗する可能性の方が高いような気がしてきます。
しかし、挑戦した自身の心の中では自責の念や恥のような感情が生まれがちです。
高い目標へ挑む試みも、外から見ているのと自身の心の中で感じている評価との間に差があることに気付かされるのではないでしょうか?
自分自身を観察する視点を変えることで、その評価にも変化が生じてきます。
時には不合理な理由で評価されないことも
また失敗というレッテルを張ってきた事の原因には、
自身の努力と関係のない要因も少なからず存在すると思います。
成功に「他人の評価」という要素が含まれる場合、必ずしも貴方の貢献や能力に相応の評価が与えられていないことも考えられます。
現在、社会的に良いされている業績や能力も、最初から相応の評価がなされていないケースは多々見受けられます。
そういった際、その価値を理解していない他人の評価が、
自分の心の中で行うべき自己評価にまでもマイナスの影響を及ぼしていないでしょうか?
「会社に評価されなかった」という結果は同じであっても・・・
①「一生懸命取り組んだのが馬鹿馬鹿しい」と捉えるか、
②「評価されなかったのは残念だが、価値のある事なので引き続き能力を向上していこう」
と捉えるかで、心の健康面だけでなく今後の行動も変わる可能性がありそうですよね。
他人の評価と自分自身の評価を分けて考えることは、周囲にもその成果が認められるまでの長い期間を乗り越える重要な鍵になるかもしれません。